大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1908号 判決

昭和五三年(ネ)第一七四一号事件控訴人

同年(ネ)第一九〇八号事件被控訴人

(第一審原告) 靏見輝行

右訴訟代理人弁護士 牧良平

昭和五三年(ネ)第一七四一号事件被控訴人

同年(ネ)第一九〇八号事件控訴人

(第一審被告) 小山市

右代表者市長 栗田政夫

右訴訟代理人弁護士 須藤貢

右指定代理人 矢口喜佐夫

主文

本件各控訴を棄却する。

各控訴費用は各控訴人の負担とする。

事実

一  以下、昭和五三年(ネ)第一七四一号事件控訴人、同年(ネ)第一九〇八号事件被控訴人を「第一審原告」と、昭和五三年(ネ)第一七四一号事件被控訴人、同年(ネ)第一九〇八号事件控訴人を「第一審被告」という。

二  第一審原告訴訟代理人は、昭和五三年(ネ)第一七四一号事件につき、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告は、第一審原告に対し、金一六五万一五八九円及びこれに対する昭和五一年八月一八日(控訴状に八月一日とあるのは、誤記と認める。)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、第二審とも、第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を、同年(ネ)第一九〇八号事件につき、「本件控訴を棄却する。」との判決をそれぞれ求め、第一審被告訴訟代理人は、昭和五三年(ネ)第一七四一号事件につき、「本件控訴を棄却する。」との判決を、同年(ネ)第一九〇八号事件につき、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、第二審とも、第一審原告の負担とする。」との判決をそれぞれ求めた。

三  当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

1  第一審原告の主張

(一)  原判決は、本件事故の発生には第一審原告にも過失があったとして、損害賠償額の算定につき五割の過失相殺をしているが、その判断は、次に述べるとおり、事実の認定及び法令の解釈を誤ったものである。

(二)  まず、原判決は、第一審原告の過失を認定する一つの根拠として、第一審原告は、事前に埼玉起業の関係者から、砂利集積場から二キロメートル程下流に砂利トラック専用の橋があることを聞いていたにもかかわらず、その橋を渡らず、本件の石の上橋を渡ったことを挙げている。しかし、第一審原告は、埼玉起業の関係者から、下流にトラックの渡れる橋があることは聞いていたが、その橋が砂利トラック専用の橋であるとか、それが二キロメートル程下流にあるとかいうことは全く聞いていない。

(三)  また、原判決は、第一審原告の過失認定の一つの根拠として、石の上橋の橋桁や橋板の腐蝕状況は、橋の側面や上面から少し注意して見れば、これを認識することができたことを挙げている。しかし、本件事故が発生したのは二月四日の午後五時一〇分過ぎであって、いまだライトをつける程ではなかったものの、すでに夕闇の立ち込めようとする時間であった。従って、たとえ橋の上に下りて点検したとしても、橋桁や橋板の腐蝕状況を認識することは困難な状態であった。

(四)  また、原判決は、石の上橋の外観からすれば、第一審原告車のような重量のある車がこれを通行するときは、その負荷により、通行部分の橋桁や橋板が折れたり陥没したりする危険のあることを第一審原告において予想することは、さして困難なこととは考えられないとして、これを第一審原告の過失認定の一事由としている。しかし、前記した本件事故発生の時間や埼玉起業関係者の指示内容、更に石の上橋に重量制限の標識の存在しなかったことなどからすれば、右のような判断は、第一審原告にとり酷にすぎるというべきである。

(五)  更に、原判決は、第一審原告が石の上橋を第一審原告車で通行したことが車両制限令第六条第二項に違反することを挙げて、第一審原告の過失認定の一根拠としている。しかしながら、車両制限令の右条項は、自動車の道路上における衝突接触等の防止のみを目的とした規定にすぎないから、原判決の右判断は不合理である。

2  右主張に対する第一審被告の認否

第一審原告の右主張は、いずれも争う。

3  第一審被告の主張

(一)  仮に、本件事故の発生が第一審被告の本件石の上橋の管理の瑕疵によるものであって、第一審被告が第一審原告に対して本件事故による損害の賠償義務を負担しなければならないとしても、第一審原告もまた、次に述べるとおり、第一審被告に対して本件事故による損害の賠償義務を負担している。

(二)  すなわち、石の上橋は、小山市内において数多く見られる、いわゆる「もぐり橋」の一つであって、橋脚のみは鉄筋コンクリート製のパイプで造られているが、これに乗せる橋桁等はことさら軽量の木材を用い、これを常時ワイヤーロープで岸につなぎ、洪水の際に橋桁が水勢に押し流されても、ロープに引かれて接岸して流失せず、容易に復旧しうる構造になっていた。従って、右のような脆弱な構造の石の上橋が第一審原告車のような重量のある大型車の通行に堪ええないことは当然であって、このことは、第一番原告のような大型車の職業的運転手であれば、一見してたやすく知りえたところである。

(三)  そこで、埼玉起業でも、砂利集積場から砂利を買っていくトラックの運転手に対しては、石の上橋から約一・四キロメートル下流にある砂利トラック専用の仮橋か、さもなければ、石の上橋より更に上流にある小山大橋を通行するよう注意し指示していたものである。

(四)  しかるに、第一審原告は、無謀にも、しかも、埼玉起業関係者の指示にも従わず、一〇トン車に一〇トンをはるかに超える大量の砂利を積載して、石の上橋を通行しようとしたため、本件事故を発生させ、右橋を破壊するに至った。

(五)  第一審原告の右不法行為により、石の上橋の所有者であり、管理者である第一審被告は、その復旧費相当額である金一一九万円の損害を蒙ったから、第一審原告は第一審被告に対し右損害を賠償する義務がある。

(六)  そこで、第一審被告は、昭和五四年四月九日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償債権をもって、第一審原告の本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

4  右主張に対する第一審原告の認否

(一)  (一)記載の主張は争う。

(二)  (二)記載の事実のうち、石の上橋の構造が第一審被告の主張するとおりであることは認める。しかし、その余の主張は争う。

(三)  (三)記載の事実は知らない。

(四)  (四)記載の事実のうち、第一審原告車が石の上橋を通行中本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(五)  (五)記載の事実のうち、第一審被告が石の上橋の所有者であり、管理者であることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(六)  第一審被告が主張するような相殺は、民法第五〇九条の規定によって許されない。

5  証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生及び石の上橋の管理の瑕疵

本件事故発生の状況及び同事故が第一審被告の設置、管理する営造物である石の上橋の管理の瑕疵によって発生したものであることについての当裁判所の認定、判断は、原判決の理由説示一及び二の1ないし5と同一であるから、これをここに引用する。

二  第一審原告の過失

1  まず、第一審被告は、本件事故の発生については第一審原告に過失があったと主張するので、その主張について判断する。

(一)  前記一で認定の事実関係によれば、次の各事実が認められる。

(1) 本件の石の上橋は、昭和四八年初めごろ造られた、いわゆる「もぐり橋」の一つであって、全長は約一一〇メートル、水面からの高さは約四メートル、幅員は、地覆を含めた全幅員が三メートル、有効幅員が二・七四メートルであり、橋脚は、直径約三〇センチメートルの鉄筋コンクリートの円柱をもって、約六メートル間隔で造られていたが、橋桁及び橋板はいずれも木造であって、橋桁は縦横ともに約三三センチメートルの角材又は丸材で造られていた。

(2) そこで、石の上橋の管理者である第一審被告は、右のような橋の構造、橋桁等の腐蝕の進行状況などを考慮して、従来から橋の通行についての重量制限を行ない、これを表示する標識板を橋の両端に設置しており、そして、それによれば、昭和四八年当時の制限重量は六トンであったが、本件事故発生当時のそれは二トンであった。しかし、本件事故発生の当日は、それ以前石の上橋の東端に設置されていた重量制限の標識板は失われて存在しなかった(なお、本件の全証拠によるも、この標識板の失われた原因は不明である。)。

(3) 一方、第一審原告が本件事故発生の当時運転していた自動車は、自重約九・五トン、車幅二・四九メートルの大型トラックであって、これに埼玉起業から買い入れた砂利約一三・五トンを積載していた。従って、その全体の重量は約二三トンであって、前記制限重量の一一倍以上にも達するものであり、また、右車幅の自動車で石の上橋を通行することは、道路の幅員の半ばを超える車幅の車両の通行を禁止した車両制限令第六条第二項に違反することが明らかであった。

(4) しかるに、第一審原告は、昭和五一年二月四日午後五時ごろ、右自動車を運転して石の上橋の東端にさしかかった際、前記のとおり重量制限の標識板が失われていたのに加えて、右橋の橋脚が鉄筋コンクリート造りであること、橋桁のうちの角材の角のとれていない部分があったことなどから、右橋が右自動車の通行に堪えうるものと判断して、右橋に進入した結果、本件事故に遭遇したものである。

(二)  なお、本件事故の発生について、第一審被告は、第一審原告は本件事故の前に埼玉起業の作業員から、石の上橋より約一・四キロメートル下流に砂利トラック専用の仮橋があることを聞いていたにもかかわらず、その仮橋を渡らず、石の上橋を通行しようとした結果であるかのように主張している。しかしながら、右主張にそう証人矢口喜佐夫の証言(第一、第二回)は、単なる伝聞証言にすぎないのみならず、《証拠省略》に照らしてにわかに採用することができないし、その他に右主張を確認するに足りる証拠はない。

(三)  しかし、《証拠省略》の全趣旨によれば、第一審原告は、本件事故発生の当時、前記のとおりの自動車を自ら運転して建材業を営んでいた者であって、大型トラックの職業的運転手であったことを認めることができる。そして、《証拠省略》を総合して判断すると、大型トラックの職業的運転手であれば、前記認定のような重量のある大型車で前記認定のような構造の石の上橋を通行すれば、その通行部分の橋桁や橋板が陥没するなどの危険性のあることを容易に察知しえたはずであると認めるのが相当である。

(四)  ところで、民法第七二二条第二項にいう被害者の過失とは、必ずしも不法行為の成立要件としての過失(注意義務違反)の程度に達するまでの不注意があることを要するものではなく、公平の観念に照らして、当該不法行為に基づく損害賠償額を被害者の受けた実損害額よりも減縮するのを相当とする程度の被害者側の不注意ないし落度があれば足りるものと解すべきである。そこで、このような見地に立って本件を見るに、以上に認定の事実関係を総合して判断すれば、第一審原告が、石の上橋を通行する前に、橋桁、橋板等の状況及びその荷重の限度を慎重に検討しないで、前記のような重量のある自動車を乗り入れ、本件事故を発生せしめた点には、少なくとも前記条項にいう過失があったものと認めるのが相当である。そして、本件の全証拠を検案しても、右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

(五)  右の点に関し、第一審原告は、本件事故が発生したのは二月四日の午後五時一〇分過ぎであって、すでに夕闇の立ち込めようとする時間であったから、たとえ橋の上に下りて点検したとしても、橋桁、橋板の腐蝕状況を認識することは困難な状態であったと主張している。しかし、本件事故発生当時の現場の天候や明暗がどの程度であったかについては、これを確認するに足りる証拠がない。のみならず、前記認定のとおり、第一審原告は、大型トラックの職業的運転手であったのであり、しかも、本件事故発生の当時全体で約二三トンもの重量のある自動車を運転していたのであるから、仮に本件事故の発生したのが第一審原告の主張のとおり夕闇の立ち込めようとする時間であったとすれば、なお一層慎重に橋桁、橋板等の状況や橋の荷重の限度について検討すべきであったといわなければならない。従って、右主張のような事情があったとしても、右(四)の判断を左右するに足りるものではない。

(六)  また、車両制限令は、交通の危険の防止とともに、道路の構造の保全をも目的として制定された法令であるから、第一審原告が同令第六条第二項に違反して前記自動車を石の上橋に乗り入れた事実は、第一審原告の過失を認定する一つの資料になりうるものというべきである。

2  ところで、第一審被告は、更に、本件事故は第一審原告の過失のみによって発生したものであって、第一審被告には責任がないかのように主張している。しかしながら、本件の全証拠を検討しても、「もぐり橋」である石の上橋の前記のような構造が広く一般人に知られていたことを認めるに足りる証拠はないし、また、《証拠省略》に照らして考えても、石の上橋の外観やその橋桁、橋板等の状況からその荷重の限度が何人にとっても一見明白であったとまではいえない。のみならず、右橋の橋脚が鉄筋コンクリート造りであることからすると、見る角度によっては、右橋が一見頑丈なように見えないわけでもない。しかも、右橋の通行者の中には注意力の散漫な者も存在することは避けられない。従って、前記のような構造を有する石の上橋の通行者、特に自動車等による通行者の安全を確保するためには、重量制限の標識板の設置、保存は必要不可欠なものであったというべきであって、本件事故の発生についても、その当時橋の東端に重量制限の標識板の存在しなかったことがその重要な原因の一つとなっていることは否定することができない。そうすると、本件事故の発生については第一審原告にも前記認定のような過失があったとしても、第一審被告もまた、同事故発生の責任を免れることができず、国家賠償法第二条第一項に基づき、同事故の結果第一審原告に生じた損害を賠償する義務を負うものというべきである。

三  過失相殺

以上に認定したところを総合して判断すると、本件事故の発生に関する第一審原、被告双方の過失ないし責任の程度は甲乙をつけがたいものというべきであるから、第一審被告の第一審原告に対する損害賠償額の算定に当っては、第一審原告の過失を五割として斟酌するのが相当である。

四  第一審原告に対する損害賠償額

本件事故の結果第一審原告に生じた損害及びその金額並びに本件訴訟に要する第一審原告の弁護士費用のうち第一審被告に請求しうる金額についての当裁判所の認定、判断は、原判決の理由説示四の1ないし3と同一であるから、これをここに引用する。従って、第一審被告が第一審原告に対して支払うべき本件損害賠償額は合計金一八〇万一五八九円である。

五  第一審被告の相殺の主張

第一審被告は、本件事故により第一審被告もまた石の上橋を破壊されて金一一九万円の損害を蒙ったとして、その損害の賠償債権を自働債権とする相殺の主張をしている。しかしながら、民法第五〇九条は、「債務カ不法行為ニ因リテ生シタルトキハ其債務者ハ相殺ヲ以テ債権者ニ対抗スルコトヲ得ス」と規定しており、そして、その趣旨は、不法行為の被害者には常に現実の弁済によりその損害の填補を受けさせようとすることにあると解すべきであるから、およそ不法行為による損害の賠償債務を負担した者は、仮にその被害者に対し同じく不法行為による損害の賠償債権を有している場合であっても、被害者に対して、その損害賠償債権を自働債権とする相殺の主張をすることは許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年六月二八日第三小法廷判決・民集第二八巻第五号六六六頁参照。)。そうすると、第一審被告の右相殺の主張は、その余の点について判断するまでもなく、これを採用することができない。

六  結論

以上に認定、判断したとおりであって、第一審原告の本訴請求は、第一審被告に対し前記の金一八〇万一五八九円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五一年八月一八日(第一審被告に対する本件訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。従って、これと同旨の原判決は相当であるから、これに対し第一審原、被告の双方からなされた本件各控訴はいずれも失当であって、棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 沖野威 奥村長生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例